| 台湾・中国文化大学 張鏡湖元理事長 26年5月23日 |
| 精神の継承ほど尊いものはない 「創価学会の三代の会長の崇高な精神は、今や、世界の良識ある人々の心に広がっています。なかんずく、池田先生は長年、平和のために努力してこられました。その『世界への貢献』に敬意を表します」。台湾の中国文化大学で理事長を務めた張鏡湖氏はこう語り、池田先生の平和への尽力に共感を寄せた。先生が氏についてつづったエッセーを抜粋して掲載する。〈『世界の指導者と語る』潮出版社(『池田大作全集』第123巻所収)から〉 ![]() 中国文化大学の「名誉哲学博士号」の学位記が、張鏡湖理事長から池田先生に手渡された(2003年3月24日、創価大学で) それは、教育にかけた父子のドラマであった。 台湾の名門・中国文化大学。 創立者の張其昀博士は、大学の建設にあたって辛酸を嘗め尽くした。 まったくのゼロからのスタート。「一本の草木、一個のレンガをはじめ、あらゆるものは、すべて創立者みずからが一人、方法を講じて調達したもの」であった。 ◇ ◇ ◇ 張博士の後を継いだご子息・張鏡湖理事長に、私は申し上げずにおられなかった。 「学生数八十人から出発して、二万人を超す総合大学に発展。父子一体で、どれほどのご苦労があられたか。私も大学の創立者として、涙する思いで、お察し申し上げます」 じつは、張博士が亡くなるとき、大学の財政は、どん底であった。 理事長はアメリカでの教員生活をなげうって、「父の悲願」を現実にするために帰ってきた。負債は日本円にして約百億――。 理事長は、命がけだった。全知全能をかたむけた。無駄を省き、倹約に倹約を重ね、教員の質を高めて学生を増やした。教師の教え方についてアンケートまで取り、二年間論文を発表しない教師は辞めてもらった。職員に対しては、待遇を改善するかわりに少数精鋭にし、他の二倍の仕事ぶりを要求した。 こうして六年で赤字を黒字に転じ、建物さえ増やしたのである。陽明山の蜜柑畑は、目を見張る学問と芸術の園に変わった。海外交流校の数も台湾随一である。 張理事長は言っておられた。「人間には悲観主義者と楽観主義者がいます。悲観主義者は感情に支配されやすい。楽観主義者は意志が強く、精神が強い人です。父は、すごく楽観主義者でした。何があっても、あきらめない人でした。だから私も楽観主義です。大変な赤字でも頑張れました」 精神の継承――これほど尊いものはない。ここに文化と人間の真髄がある。 ◇ ◇ ◇ 理事長はハーバード大学をはじめ、アメリカの大学で長く研究と教育の年月を過ごされた。地理学の大学者である。このほど「国際欧亜科学院」の院士になられることも決定した。台湾では初の栄誉と、うかがっている。 父君の張博士は、台湾の第二代の教育大臣。「大鉈をふるって」台湾の教育を革命した。 今、台湾はアジアで最も高学歴の社会であり、博士も多い。憲法で「予算の一五パーセントを教育費にあてる」ことも定めている。 教育によって繁栄を創造しようという根本方針なのである。 その基礎を張博士が築いたとされている。 大学者でありながら、否、だからこそ、徹底した「行動の人」であった。 「いかなる事業でも、大小を問わず、初めはただの思想であり、観念にすぎない。行動を起こさなければ、何の結果も得られない。最も大事なのは『為す』『やる』『行う』ことである。 われわれは堅く決心を固めて立ち上がり、力の限り行動せねばならない。いかなる困難にも危険にも屈することなく進むならば、『思う一念、岩をも通す』で、理想もついには現実となる。 空論にふけるな。直ちに仕事に取りかかれ! みずから身をもって実践する者は、生気はつらつとして、永遠に若い」と。 「美麗島」と親しまれる美しき台湾。古来、「蓬莱山」と目された要衝の島。 私は台湾の人々の真面目さを尊敬する。痛ましき歴史の苦難に踏みつけられても、踏みつけられても、頭を上げて生き抜いてこられた不屈の「心」を尊敬する。 中国革命の父・孫文先生は語った。「国とは人の集積であり、人とは心の容器である」(「心理建設」伊藤秀一訳、『孫文選集』2所収、社会思想社)と。 ゆえに肝心なことは、人という「器」に、どんな心が入っているかである。いかに経済を論じ、政治を論じても、すべてを為す根本の「心」を変えずしては、小手先の策にすぎない。 私どもの牧口初代会長の信念も「教育しかない。教育しかわれわれの子孫を救う道はない」であった。 そして文化抑圧の覇道を進んだ日本の過ちに、体を張って抵抗し、獄中に逝いたのである。 張博士は警告しておられる。 「日本は明治維新の後、西洋文化を取り入れ、中国文化を破棄した。そして国際モラルを蔑み、『日本のみ有って隣国なし』といった唯我独尊となり、力のみを頼みとするにいたり、九・一八事変(満州事変)において、その頂点に達した。その結果がいかなるものであったか、まことに人をして深く考えさせる」 日本は、かつて軍事力という「力」に傲り、内外ともに大悲劇をもたらした。台湾の方々にも、どれほどの不幸を与えたことか。 戦後は経済力という「力」に傲って、今また「第二の敗戦」と言われる転落。 傲慢ほど人間を駄目にするものはない。人を尊敬し、人から学ぶことができなくなるからだ。それは知性と心の盲目である。 私たちは今こそ、張博士の人間哲学に学ぶべきではないだろうか。 「人生の価値は『精神の力で環境を左右する』ところにある。だから決して落胆したり、失望したりする必要はない。 最も苦しい時こそ、思考と修養を深め、新たな生命を獲得し、後の大事業の基礎を築くことができるのだ。元気はつらつと、不撓不屈であれ! 挫折はやがて成功に変わるのだ」 ◇ ◇ ◇ 張理事長は「創価大学との交流記」の一文を、こう題された。 「正道を継ぎ、共に進まん」 この謙虚さを、日本人が持てるかどうか。それで日本の二十一世紀は決まるのではないだろうか。 張鏡湖(ちょう・きょうこ) 1927~2019年。中国・浙江省生まれ。浙江大学歴史地理学部を卒業後、アメリカのクラーク大学で地理学の博士号を取得した。ハーバード大学研究員、ハワイ大学教授、世界銀行ブラジル農業開発顧問などを経て、1985年に台湾へ。父の張其昀(きいん)博士が創立した中国文化大学に奉職し、理事長として発展に尽くした。著書に『世界の資源と環境』など。 ![]() 池田先生が張鏡湖氏と握手を交わす(2010年5月4日、創価大学で) 交流の足跡 「『文化』を冠した大学の名前が素晴らしい。創価大学も当初、『創価文化大学』との名称も考えたのです」 池田先生の言葉に、張鏡湖氏は深くうなずいた。初めての出会いは1994年11月24日、福岡で刻まれた。台湾の名門・中国文化大学の創立者であった父・張其昀博士の遺志を受け継ぎ、発展させてきた氏。恩師・戸田先生の夢を実現し、創価大学を創立した池田先生とはすぐに打ち解け合った。 先生は中国文化大学の校歌に言及。「天地の為に心を立て、生民の為に命を立て、往聖の為に絶学を継ぎ、万世の為に太平を開く」との歌詞に象徴される、同大学の精神をたたえた。 氏は、この出会い以前に先生の思想に親しんでいた。80年代に、イギリスの歴史家・トインビー博士と先生の対談集『二十一世紀への対話』を読み、感銘を受ける。各国での講演で、先生の思想を自ら紹介するまでになった。 二人の語らいは7度に及んだ。2010年に対談集『教育と文化の王道』を発刊。会談のたび、先生は氏の父について触れ、教育に献身した生涯をたたえた。 1997年の語らいでは、張其昀博士の「現代教育の通弊は、宇宙を知れども我自らを知らずというところにある」との言葉を通して、語った。「汝自身を知れ! 汝自身の心の宇宙を知れ!――と。ここに、21世紀を前に人類が立ち返るべき原点があります」 99年5月の会談の折、政治が話題となった。先生は語った。 「父君は、政治家のあるべき姿についても、実に厳しい姿勢であられた。いわく、『政治の根本精神は、すべて正義を守ることにある!』と。まったく同感です。この根本精神を、多くの政治家が忘れてしまった」 さらに、張博士の言葉に言及した。「『社会における最大の危機とは、すなわち、為政者が、個人の損得にのみ心を奪われ、自分に反対する者の思想および行為に、ほしいままに禁止を加え、相手の主張に耳を貸そうとしないために、公における是非を論ずることができないといった状況に陥ることである』。永遠の真理です」 張氏は正義を強調し、「『行動がなければ正義とならない』のです。これは、宗教も同じではないでしょうか。だから、池田先生が宗教の精神をもとに、政党をつくられたことは、それでこそ正義が実現できると私は思います」と応じた。 この会談の4カ月後、台湾で大地震が発生し、甚大な被害が出た。同年12月の語らいで、先生は心からのお見舞いを伝えた。張氏は、地震発生直後から台湾SGIが救援活動に奔走したことに触れ、「池田先生をはじめ創価学会の皆さまのご協力に重ねて感謝申し上げます」と述べた。 中国文化大学は2003年、先生の思想と行動を研究する「池田大作研究センター」を、張其昀博士の字「暁峯」を冠する「暁峯記念館」に設置。07年からは多くの学者や学生が参加して、「池田大作平和思想研究国際フォーラム」を開催し、池田思想をいかに実践していくか、いかにそれぞれの専門分野に応用することができるかとの視点で議論を深めている。 生前、フォーラムでの登壇を重ね続けた張氏。14年、日本の軍国主義に抵抗して獄死した牧口初代会長の闘争に触れ、「その不撓不屈の正義の精神は、人類史に刻まれるもの」と述べ、こう語った。 「古今東西の文化や歴史、宗教に精通する池田先生のリーダーシップがあればこそ、SGIは包括的な理念を掲げ、世界平和に貢献しているのです」 |