第54回 池田先生
「歴史と人物を考察――迫害と人生」
(1981年10月)㊦
26年3月3日
 
 第11回創大祭での池田先生の記念講演は、会長辞任の翌年(1980年)と1981年の夏に、学生たちから重ねて“創立者にぜひとも記念講演をお願いしたい”との要請を受ける中で実現したものだった。
 池田先生は、「迫害と人生」というテーマの核心と響き合うオーストリアの作家ツヴァイクの次の言葉などに言及しつつ、講演を進めていった。
 「奈落の底を知るものだけが生のすべてを認識する」
 権力者の怒りを買って非道な刑罰を受けながらも、屈辱に耐え抜いて『史記』を書き上げた司馬遷。逮捕や投獄を恐れず、非暴力に基づく抵抗運動を広げてインド独立の道を開いたガンジー。ナポレオン3世に対する弾劾演説を行い、19年間に及ぶ亡命生活を余儀なくされながらも、『レ・ミゼラブル』をはじめとする名作を次々と生み出したユゴー。無理解と嘲笑にさらされながらも頑固なまでに芸術の精進を続ける中で、ピカソらに影響を与えて没後に“現代絵画の父”と呼ばれるようになったセザンヌ等々――。
 これらの人物をはじめとする9人の先人たちの生涯について語り続けた上で、池田先生は訴えた。
 「これらの事実からみても、歴史的偉業は、決して平坦な道のりのうえに出来上がったものではない、ということであります。むしろ、迫害や苦難の悪気流を、半ば宿命づけられていったところに、想像を絶する歴史と、後世への奇跡ともいうべき記念塔が、振り返ってみると、立てられていることが、うかがえるのであります」と。 


1981年10月、第11回創大祭で記念講演を行う池田先生(東京・八王子の創価大学で)。

原稿には、直前まで推敲して直しを入れた文字が書き込まれていた。本当の話を一言もあやまたずに語り残したいとの思いを込めながら、それまで学生たちがあまり目にしたことがなかった“眼鏡をかけた姿”で、46分に及ぶ講演に臨んだ
 また池田先生は講演で、「誠に苦難こそ、人間の人生や運命を、闇から暁へ、また混沌から秩序へ、破壊から建設へと飛躍させいく回転軸であった」と、強調してやまなかった。
 今、改めてこの言葉を反芻してみると、会長辞任以降の池田先生自身の“試練と凱歌の人生”を凝縮した言葉であるのみならず、冷戦対立という当時の世界情勢を打開するために池田先生が重ねた奮闘の奥底にあった一念を浮き彫りにした言葉でもあったと思えてならない。
 1980年代、核軍拡競争が激化し、核戦争の恐れも高まる中で、池田先生は民間人の立場から信念の行動を起こしていった。
 記念講演の半年ほど前(1981年5月)にソ連を訪問した際には、チーホノフ首相と会見し、「全人類の願望は戦争阻止である」と力説。“スイスなどの良き地を選んでアメリカの大統領らと首脳会談を行うべきである”と呼びかけたのだ。
 こうした提案が一つの機縁となる中、1985年11月にレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長との首脳会談がジュネーブで実現。冷戦終結の潮流が生まれるきっかけとなった。
 さらに池田先生は記念講演の翌年(1982年6月)、第2回国連軍縮特別総会に寄せて提言を発表。「核兵器を最初に使用することによって核戦争に勝利しうるという危険な考え方」に警鐘を鳴らし、米ソが核軍縮に踏み出すことを強く求めた。
 緊張緩和を求める国際世論も高まる中で、1987年12月に米ソ首脳が中距離核戦力全廃条約に調印。特定分野の核兵器の全面的な廃棄を定めた条約が初めて誕生したのである。

 加えて、会長辞任の1979年以降、世界広布の勢いはさらに増し、SGIの陣容は192カ国・地域にまで拡大した。
 池田先生が「歴史的偉業といえども一人の手で成し遂げられるものでは絶対にない。多くの無名の民衆に支えられ包まれながら、支持されて成就するのが道理である」と記念講演で強調していた通り、各国の友が使命の天地で信頼の輪を広げていった結果、仏法史上、「後世への奇跡ともいうべき記念塔」が打ち立てられたのである。
 会長辞任から25年が経った2004年、各国の友を迎えてSGI総会が東京牧口記念会館で盛大に開催された。その日(11月11日)は、日蓮大聖人が文永元年(1264年)に小松原の法難に遭った日でもあった。
 SGI総会でのスピーチで、池田先生は力強く訴えた。
 「学会は、御聖訓のとおりに戦ってこられた皆さま方の『勇敢なる闘争』と『真剣なる努力』によって、今や世界一の団体となった」「牧口先生、戸田先生が創立された学会は、今や、いかなる『獰猛な嵐』にも微動だにせぬ、金剛不壊の『人類の希望の大船』となった」と。
 池田先生が記念講演で言及したツヴァイク。その著作の一つに『人類の星の時間』という印象深いタイトルの本がある。
 ツヴァイクは、歴史の中には「劇的な緊密な時間」がまれに存在すると洞察し、それは「星のように光を放ってそして不易に、無常変転の闇の上に照る」ものであると述べて、「人類の星の時間」と名付けた。
 創大祭での記念講演は、池田先生が苦難の暗雲を打ち払い、世界の平和と民衆の幸福への道を切り開く“人類の宿命転換”の旗を高らかに掲げた歴史的瞬間にほかならなかった。
 私たちの使命は、記念講演で池田先生が自らの全存在をかけて力強く放った“時代変革への信念の光”を胸に灯しながら、「人類の希望の大船」としての誇りをもって前進を続けていくことにあるといえよう。

 <語句解説>

 小松原の法難 鎌倉幕府の弾圧によって1261年5月に伊豆へ流刑された日蓮大聖人は、鎌倉に戻った翌年(1264年11月)、地頭の東条景信の軍勢による襲撃を受けた。門下が命を落とし、大聖人も額に傷を負い、左手を骨折した。

 中距離核戦力全廃条約 アメリカとソ連が、射程500~5500キロの核ミサイルの全廃を定めた条約。1988年6月に発効。対象兵器は91年までに段階的に廃棄された。2019年8月に失効。

 <引用文献>

 ツヴァイクの言葉は、『ジョゼフ・フーシェ』(山下肇訳、潮出版社)、『人類の星の時間』(片山敏彦訳、みすず書房)。

※次回(第55回)は4月6日に配信予定

池田先生 「歴史と人物を考察――迫害と人生」 (1981年10月)

 私は、十代の時に読んだある西洋の哲学者の「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」との格言が胸に迫り、大好きでありました。言うなれば、この格言を土台として、人生を歩んできたとも言えるかもしれません。
 長い人生行路にあって、偉大なる作業をしていくためには、それなりの限界や絶望の時もあるかもしれないし、巨大なる幾多の障害もあるに違いない。その時こそ、いやまして、自らが逞しく光り鍛えられていくことを、忘れてはならないと思います。
    ◇ 
 私は、いわゆる“英雄主義”“天才主義”にくみするものでは決してありません。歴史的偉業といえども一人の手で成し遂げられるものでは絶対にない。多くの無名の民衆に支えられ包まれながら、支持されて成就するのが道理であると信じております。
 歴史的偉業というものは、どんなに偉大な個人の名が冠せられていようとも、民衆という大地に、しかと根を張っているものなのであります。
    ◇ 
 ゲーテは「人間もほんとうに下等になると、ついに他人の不幸や失敗を喜ぶこと以外の関心をなくしてしまう」境涯にまで堕落してしまっていると言っております。そこから民衆のリーダーに対して、迫害の嵐が巻き起こるのは必然の理なのであります。(中略)
 私も一仏法者として一庶民として、全くいわれなき中傷と迫害の連続でありました。しかし、僭越ながらこの“迫害の構図”に照らしてみれば、迫害こそむしろ仏法者の誉れであります。人生の最高の錦であると思っております。後世の歴史は、必ずや事の真実を厳しく審判していくであろうことを、この場をお借りして断言しておきます。
 若き学徒の諸君にあっても、長いこれからの人生の旅路にあって、大なり小なり悔しい嵐の中を突き進んでいかねばならないことがあると思いますが、きょうの私の話が、その時の一つの糧となれば、望外の喜びであります。