第52回 戸田先生
「書を読むの心がまえ」㊦
26年2月3日
 
 水滸会と華陽会での青年部に対する薫陶は、1952年から1956年まで行われた。
 その最中(1955年2月)に戸田先生が「大白蓮華」で発表したのが、「書を読むの心がまえ」と題する巻頭言である。
 そこではまず、次のような点が強調されていた。
 「一人の人の思想をとらえんとするには、精読が、肝心である。乱読するときにおいては、うわすべりの学問はできても、深い思想点に達することはできない。ある一人の人の思想点に達することができれば、それから徐々に、他の人々の思想の表現を読んでも、それをつかむことができるようになる」
 この点に関して戸田先生が、「山へ登るのに、一歩一歩と登り、頂上に至って全体を見下ろすがごとく、読書も、その立場をたどる」と付言したように、精読を通じてこそ、著者が執筆過程で胸に浮かべた情景や思想を練り上げるために重ねてきた“精神的格闘の地層”に思いを馳せることもできるはずだ。
 この指摘は、生成AI(人工知能)の利用が急速に広がる現代において、ますます重みを増していると言えよう。古典的な名著から最新の学術書まで、内容がデジタル化されたものに関しては、要約やポイントを瞬時に知ることも可能な時代になってきているからである。


創価大学に贈られた「人間之王者」の額。弾圧で投獄された戸田先生が出獄した日であり、池田先生が無実の罪で入獄した日である「七月三日」の日付が記されている

 また巻頭言では、別の角度からの留意も促されていた。
 「一人の人の思想に止まってしまったとき、それ以上のものを、受け入れられない感情が生ずることが多い。これは、もっとも恐るべきことで、とくに、青年の注意すべきことである」
 この点についても現代に敷衍してみれば、次の課題が浮かび上がるのではないだろうか。
 ――自分が知りたい問題に対し、AIが示す回答を参考にすることは一つの判断材料になるかもしれない。しかしそれだけに頼る状態が続けば、回答内容に対する吟味が疎かになり、常に“正しいと思われる回答”を自動的に得たいという思いばかりが募る恐れがある――。
 特に人生に関わる問題については、万人に通用する一律的な“正解”などないはずだ。
 日蓮大聖人の仏法では、最高の幸福境涯を築くことを意味する「成仏」という言葉を巡って、「『成』は開く義なり」(新1049・全753)と説かれている。その深義に照らしてみるならば、自身の悩みや試練と真正面から向き合い、生命の内なる力を懸命に湧き出していく中で、かけがえのない人生を切り開く一つ一つの行動――いわば“正解”というよりも“成解(解を成す)”とも名付けるべきものを紡いでいくことが、大切になるのではなかろうか。
 ある時の水滸会の集まりで、戸田先生はこう訴えていた。
 「小説を読むということは、書かれた事件なり人生を、読者が経験することだといってもよい。だから、さまざまな小説から、実にさまざまな経験をすることができるわけだ。青年のうちに、古今東西の名作を読むということは、古今東西の得がたい経験を積むことと同じです」
 世界の文学作品を読む意義は名言のようなものを探し求めることにあるのではない。その醍醐味は、戸田先生が強調するように「古今東西の得がたい経験を積むこと」にある。いわば、自分の人生を悔いなく生きるための道標ともなる、先人たちの生き方や信念をかみ締めながら、困難を乗り越える土台にしていくことにあると言えよう。


2004年1月、創価大学の中央図書館を訪れた池田先生は、学生たちの代表に「読書は 宇宙までの境涯」「読書は 意義ある世界旅行」「学問は人格への道」との言葉をはじめとする13の箴言を贈った。このうちの五つの箴言が、同年3月、「創価大学図書館指針」として制定された

 氷川での水滸会の野外研修から半世紀の歳月を経た2004年1月、池田先生は創価大学の中央図書館に足を運んだ。
 その時、創立者の池田先生の目に映ったのは、懸命に勉学に取り組む学生たちの姿だった。
 学年末の定期試験の時期でもあり、大勢の学生たちが机に向かっていたのだ。
 池田先生は、創大生や短大生の代表に、次のような言葉をはじめ、数々の箴言を贈った。
 「読書は 黄金の輝き」
 「読書は 勝利者の源泉」
 「読書は 幸福の伴侶なり」
 「読書は 偉人への道」
 「良書を読め 悪書を叩け   それが正義の人なり」
 これらの箴言は、同年3月に「創価大学図書館指針」として定められ、銘板に刻まれた。
 銘板の除幕式の3日後(3月20日)に、小説『新・人間革命』の「創価大学」の章の掲載が終わった。この章には、第1回卒業式(1975年3月)を前に創立者が学生のために心を尽くす場面も描かれていた。
 「卒業式が迫ると、一期生へのせめてもの励ましとして、自分の蔵書から選んだ本を、記念として代表に贈ろうと考えた。
 彼が選び出した本のなかには、青春時代に読んだ思い出が詰まった哲学書もあれば、自分の著作もあった。また、洋書もあった」
 「そして、選んだ蔵書に学生の名前を記し、その脇に自分の名前を書いていった」
 そして迎えた卒業式で、創立者はこう訴えたのである。
 「学ぶのは、充電であり、それを役立てていくのは発電であります。一生、この充電、発電を絶やさずに繰り返していけるようになったならば、その人は必ず人間の勝利者になっていくでありましょう」と。
 戸田先生から池田先生に受け継がれた「人間之王者」を育成する精神――。それは、草創期から現在まで、創価大学の根本精神となってきたのである。

 <語句解説>

 生成AI あらかじめ学習したデータをもとにして、文章や画像や音声などを新たに生成するAI(人工知能)技術の総称。近年、性能が飛躍的に向上してきた一方で、誤った情報の生成・拡散や、著作権の侵害をはじめ、さまざまなリスクも懸念されている。

 「成」は開く義なり 日蓮大聖人の仏法において、成仏とは、現在の自分とまったく異なる特別な人間になるとか、死後に現実世界を離れた浄土に生まれることを意味しない。「成」の一字について、“成る”ではなく“開く”との意義で位置付けているように、あくまで現実世界において自分自身が何ものにも崩されない幸福境涯を築くことを意味している。