| 第47回 池田先生 「第10回本部幹部会」でのスピーチ㊤ 25年12月1日 |
| かつて私たちは、二〇〇一年から始まる「第二の七つの鐘」を打ち鳴らす二十一世紀前半の五十年で、「アジアをはじめ世界の平和の基盤をつくっていこう」と約しあった。 そして、「第三の七つの鐘」に当たる二十一世紀の後半では、「『生命の尊厳』の哲学を時代精神にし、世界精神へと定着させたい」と語りあった。 人類の未来は、まだまだ危うい。混迷を打ち破る根本の道は、人間自身の変革しかない。この遠大なる展望に立ち、広宣流布という「永遠の平和の鐘」を、一つまた一つ、確実に、そして厳然と打ち鳴らしていきましょう! 世界の平和、そして、人類の共生は、二十一世紀に託された夢であり、希望である。その実現への最も確かな第一歩は、あらゆる差異を超えた「人間と人間の対話」である。(中略) 大聖人は、どこまでも「一対一の対話」を大切にされた。「立正安国論」自体が、主人と客の対話で成り立っている。平和の原点の書である。(中略) 武力ではない。力による政治でもない。「一対一の対話」によって、人間と人間が、本当の信頼を結んでいくことである。 国家や民族の差異を超え、一切の差別なく世界の人々が集いあう。きょうも大勢、海外の代表が来ておられるが、SGIは、その“理想の縮図”である。それを拡大していけばよいのである。 私たちは、「平和への対話」を世界中に広げている。文明間に広げている。 私自身、トインビー博士をはじめ世界の五大陸の知性と千五百回を超える対話を重ねてきた。文明を結ぶ、世界の識者との「対談集」も、現在、進めているものを含めると約四十冊になる。 「対話」で、生命尊厳の哲学を「二十一世紀の時代精神」へと高めているのが、創価学会の平和運動なのである。 皆さまの日々の語らいが、どれほど尊く、偉大であるか。最高の自負と誇りを持って、進んでいただきたい。 (『普及版 池田大作全集 スピーチ』2001年〔2〕) ![]() アメリカ創価大学のオレンジ郡キャンパスの建設が進む中、完成模型を見つめる池田先生(1998年3月、八王子市の創価大学で)。この建設が決定した直後(95年4月)に池田先生は、「見渡す限り、緑の丘陵がなだらかに続く。一つ山を越えると、青き太平洋が雄大に広がる」「この理想的な天地に、大きく夢を広げながら、荘厳なる『教育の城』を建設してまいりたい」と語った 21世紀が開幕した2001年――。池田先生が、人類の未来を開くための基軸として、自らの行動を通してその輪郭を示そうとしたのが「教育」であり、「対話」であった。 第一の「教育」については、“世界平和の電源地”としての使命を担い立つ学府が2001年5月3日に開学した。 カリフォルニア州のオレンジ郡に新たに誕生した、アメリカ創価大学(SUA)である。 池田先生がSUAに込めた思いは、実に遠大なものだった。 8月24日に行われた第1回入学式へのメッセージでは、次のように呼びかけていた。 「百年、二百年先、さらには五百年、千年先の人類の未来のために、天を突く大樹のごとき、堂々たる世界平和の指導者群を、断固として育成したい。私は、その燃え上がる思いで、アメリカ創価大学を創立いたしました」 また9月5日に東京で行われた第9回本部幹部会でも、創立者としての真情をこう語った。 「戦争を起こす元凶は人間である。人間の魔性の心である。ゆえに人間が変わらなければ、戦争は永遠になくならない」 「すべての人間と手を取りあって進みゆく、正しき哲学と実力をあわせ持った世界市民の連帯を広げていくしかない。 これが創価教育の父である牧口常三郎先生の卓見であった。アメリカ創価大学の最大の目的も、ここにある」と。 SUAの入学式から半月後の9月11日、アメリカで同時多発テロ事件が起きた。 暗澹たる空気が世界に広がる中、「尊敬する池田SGI会長が創立した大学を、ぜひこの目で見たい」と、翌10月にアメリカを訪問した平和運動のリーダーがいた。当時、92歳だったパグウォッシュ会議のジョセフ・ロートブラット博士である。 博士はSUAでの記念講演で、第2次世界大戦中のホロコーストの悲劇を振り返って、その根底にあった生命軽視の思想は同時多発テロ事件にも水脈を通じていると指摘。憎悪と破壊の連鎖を食い止めるためには、池田先生が主張してきたような「平和を願うならば、平和の準備をせよ」との思考に転換する必要があると強調した。 いかなる時にも人類が手放してはならない“平和を求める精神”の大切さを、博士は、池田先生が創立したSUAのキャンパスで力強く訴えたのだ。 この「教育」と並んで、池田先生が21世紀の基軸として強調したのが「対話」であった。 同時多発テロ事件から1カ月後の2001年10月11日、池田先生は第10回本部幹部会でのスピーチで、こう強調した。 「世界の平和、そして、人類の共生は、二十一世紀に託された夢であり、希望である。その実現への最も確かな第一歩は、あらゆる差異を超えた『人間と人間の対話』である」と。 折しも2001年は、「国連文明間の対話年」に定められた年であった。その最中に突如として引き起こされたテロの衝撃によって、人類の未来を暗転させることがあってはならないとの信念が、スピーチには貫かれていたのだ。 池田先生はまた、10月にアメリカで出版された書籍『灰の中から――米国へのテロ攻撃に応える心の声』に、一文を寄稿した。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教、仏教の各宗教のリーダーなど、世界の精神的指導者からのメッセージを集めたもので、池田先生も次のように呼びかけた。 「『憎悪』や『破壊』は人々の社会を分断する悪のエネルギーだが、それとは正反対の『慈悲』や『創造』の生命も、これらと同じく、どの人間の生命にも内在している」 「軍事力などのハード・パワーによる解決は、その本質的な問題解決にはつながらないであろう。 究極的には、たとえ時間がかかったとしても、人間にそなわる善性を信じ、そこに呼びかけ、働きかけていく『文明間の対話』という地道な精神的営為を、あらゆるレベルで重層的に進めていくことが肝要ではないだろうか」と。 冷戦時代からこの信念のままに、世界のリーダーや識者と対話を続けてきた池田先生は、2001年だけでも約70回に及ぶ対話を重ねた。またこの年、対談集として『希望の選択』(核時代平和財団のデイビッド・クリーガー博士)と『カリブの太陽 正義の詩』(ホセ・マルティ研究所のシンティオ・ヴィティエール博士)を発刊した。 一つ一つの対話は人類の希望の未来を開くための労作業にほかならず、池田先生は、キューバの英雄で詩人のホセ・マルティを巡る対談集が完成した時に、「戸田先生が提唱された『地球民族主義』の構想どおりに、私は、孤立化のなかにあったキューバにも平和と文化と教育の橋を懸けた。その一つの結晶である“対談集”を、私は、謹んで、恩師に捧げたい」と、青年たちの前で語ったのである。 (㊦に続く) <語句解説> 「立正安国論」 1260年7月に日蓮大聖人が、鎌倉幕府の実質的な最高権力者であった北条時頼に提出した国主諫暁の書。 同時多発テロ事件 2001年9月11日、4機の航空機がハイジャックされ、2機がニューヨークの世界貿易センタービルに、1機が国防総省の庁舎に激突し、1機が墜落。約3000人が犠牲となった。 パグウォッシュ会議 1957年以来、核廃絶などの諸問題に取り組んできた世界の科学者らによる会議。1995年、創設メンバーのロートブラット博士と共に、組織としてノーベル平和賞を受賞した。 ホロコースト ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺。犠牲者は約600万人といわれる。 |