第45回 戸田先生
「慈悲論」㊦
25年11月4日
 
震災9カ月後の神戸で行われた希望総会
慈悲の真髄は 人のために悩み続ける心に


 経済不況で事業に打撃を受けた戸田先生が、池田先生の艱苦奮闘の支えを受けながら諸難を乗り越え、創価学会の第2代会長に就任したのは、1951年5月3日であった。
 その半年後の11月18日――。かつて牧口先生が『創価教育学体系』を発刊した日(1930年)であり、軍部権力による投獄の末に殉教した日(1944年)でもあるこの日に寄せて、戸田先生は和歌を詠んだ。
 「我が友よ
   地涌の菩薩よ
    かがやける
   時こそ今ぞ
    命惜しむな」
 大聖人の仏法に巡り合い、信心根本に生きゆく学会員は皆、法華経で説かれた「地涌の菩薩」である。一人一人が現実社会の中で「仏界」という尊極の生命を輝かせて、苦悩に沈む人々を励ましゆく智慧と慈悲の当体にほかならない――。その揺るぎない確信が、和歌には込められていたといえよう。
 また、戸田先生は1955年9月の会合でも、広宣流布の意義について語りながら、「地涌の菩薩の皆さん、やろうではないか」と呼びかけていた。
 この会合に出席した池田先生は、後年、師の呼びかけを振り返ってこう述べていた。
 「自身の本源の生命に生きぬいた人は、どれほど尊いか。どれほど強いか――そのことを私どもに命懸けで教えてくださったのが戸田先生です。また、ご自身の一生を通して実証してくださった。“一人の力”は偉大です。まことの地涌の菩薩であれば、力が出ないわけがない。その確信がすべての出発点です」と。

 では、仏法に脈打つ慈悲の源泉となるものは何か――。
 池田先生は1995年にこう論じていた。
 「慈悲の『悲』とは『同苦』を意味する。『救いたい』という思いがあるから、『どう救えばよいのか』と悩むのです」
 「仏とは、ある意味で、悩み続ける人のことかもしれない。人々の『幸福になる力』を開くために。自身の使命を果たすために」と。
 この年は、1月17日に兵庫県を中心に関西地域を襲った阪神・淡路大震災が起きた年だった。
 早朝から池田先生は学会本部の首脳に「大事な関西の同志のために、なすべきことは、なんでもしてあげてほしい」と伝えるとともに、自らも被災地の友にお見舞いの伝言を重ねた。
 池田先生はこの時、ハワイ大学の訪問や東西センターでの講演などの予定が迫っていたが、できうる限りの支援の手を打った上で、講演前日の1月25日にハワイに向かったのだ。
 ハワイの滞在中も、被災地の友の苦衷に胸を痛めながら伝言を贈り続け、諸行事を終えた後には関西へ直行し、2月4日、関西文化会館で行われた追善勤行法要に出席したのである。
 深い悲しみを抱えたまま法要に参加した友の思いを、池田先生は全身で受け止めながら、御書を通して“われらは生死不二の永遠の同志である”と心の底からの励ましの挨拶をした。
 そして題目三唱をした後に、再び声をかけた。
 「亡くなった人も、『また関西に戻ってくるよ。お世話になりました』と言っているよ」
 「心配ないよ。(故人は)今はゆっくり休んでいるよ」
 法要の開始前は沈痛な空気も漂っていたが、池田先生の慈愛あふれる言葉によって、涙を浮かべながらも笑顔を取り戻す友の輪が広がっていったのだ。

1995年10月、神戸で行われた21世紀兵庫希望総会(兵庫池田文化会館で)。池田先生は、「兵庫は、大震災の大試練を乗り越え、立ち上がってこられた」と不屈の精神を讃えつつ、「信心とは『無限の希望』を生む知恵である。『永遠の希望』を生む知恵である」と呼びかけた

 震災で被災した多くの同志が悲しみや不安を抱えながらも、周囲で苦しんでいる人々を前にして、やむにやまれぬ思いで皆のために行動を重ねた。
 池田先生は、こうした同志の奮闘を讃える思いを一つの和歌に凝縮して託すかのように、被災者の支援を続ける兵庫の青年たちに次の和歌を贈った。
 「見も知らぬ
   さまよい疲れる
    人々を
   抱きかかえたる
    尊き君らよ」
 そして震災から9カ月となる10月17日に、池田先生の提案で、57カ国・地域の友を迎えてのSGI総会が神戸で行われた。
 広島で予定されていた総会の日程の2日目を神戸に充てて、「21世紀兵庫希望総会」の意義も込めて開催したのである。
 会合名に“希望”の二文字を加えることも、池田先生の提案だった。総会でのスピーチで、池田先生は力強く訴えた。
 「このたびの大震災にあって、わが偉大なる兵庫の同志は、みずからの被災をもかえりみず、社会のため、隣人のために崇高な菩薩の行動をなされた。このことは世界が知っている。私もよく存じあげている。何より大聖人が『善き哉、善き哉!』『あっぱれ、あっぱれ!』と喝采しておられるにちがいない」
 こうした深刻な災害が起きた時だけでなく、日頃から苦難に直面した人々に寄り添い、信心から湧き出る慈悲の心で“生きる希望”を灯してきたのが、創価学会とSGIの同志である。
 「わがSGIは、どこまでも『希望』の光で、人類の闇を照らしてまいりたい」と池田先生が呼びかけた、神戸での希望総会から30年――。本年の5月3日には、同じ“希望総会”の名称を冠した会合が、アフリカ24カ国の約1000人のメンバーが集い、トーゴの首都ロメで盛大に開催された。
 一人一人に具わる尊極の生命を讃える法華経の言葉が、各国の同志による朝夕の勤行で地球を駆け巡っているように、一人一人の胸中に輝く“希望の太陽”が、世界各地で混迷の社会を照らす光源になっているのだ。

 <語句解説>
 艱苦奮闘 苦しい中でも、力の限り戦うこと。

 地涌の菩薩 法華経の従地涌出品で、釈尊の呼びかけに応えて、娑婆世界の大地を破って涌き出てきた無数の菩薩のこと。釈尊から滅後の法華経の弘通を託された。

 阪神・淡路大震災 1995年1月17日午前5時46分に発生し、兵庫県を中心に阪神地方に甚大な被害をもたらしたマグニチュード7.3の地震。犠牲者は6434人、行方不明者は3人、負傷者は4万3792人に及び、住宅被害も約64万棟に達した。電気・ガス・水道・電話のライフラインと共に道路や鉄道などの交通網も寸断され、避難生活を余儀なくされた人は兵庫県内で約31万7000人にのぼった。
※次回(第47回)は12月1日に配信予定
戸田先生 「慈悲論」 (1950年1月)

 仏に慈悲のない仏があろうか。仏弟子に慈悲がなかったら仏弟子とはいわれまい。仏教のはたらきは、慈悲をもってもととしている。慈悲ほど強いものは世にないのである。(中略)
 現代の時勢に、もっとも吾人の強く感ずることは、人々の生活に慈悲の自覚が欠如していることである。無慈悲そのものが現代の世相ではないか。
 慈悲というものは、修行ではない。行動のなかに、心のはたらきのなかに、無意識に自然に発現すべきものであって、仏は生きていること自体が慈悲の状態に生きる以外に道を知らないものである。
    ◇
 慈悲こそ仏の本領であり、大聖人様は慈悲そのものであらせられる。日本国の諸人を愛すればこそ、仏教の真髄を説いて一歩も退かず、伊東へ、佐渡へ、首の座に、いくどの大難をものともせず、三類の強敵を真っ向から引きうけられた艱難辛苦そのもののご一生であらせられたのである。
 これを思えば、われわれ大聖人の弟子をもって自称する者は、たとえ身は貧しくとも、学問はなくとも、身分は低くとも、いかなる地獄の世界に生きようとも、大聖人様の百万分の一のご慈悲たりとも身につけんと、朝な夕なに唱題に励まなくてはならない。それには、大聖人のご生命のこもった題目を日に日に身に染めこませ、心にきざみ、生命に染めて、一日の行業をみな慈悲のすがたに変わるよう、信心を励まなくてはならないのである。
    ◇
 物の布施には限りがある。与えるほうにも限度があり、もらったほうにも、その効用には限りがある。(中略)
 真の仏法の法、偉大な日蓮大聖人の真の教えである正法を与えるなら、与えるほうも大聖人の教えを伝えるだけであるから無限であり、与えられたほうも、生命の源泉に清浄な生命力を植えつけられるのであるから、無限の活動力が生じて、新進の人生が開拓できるのである。これこそ真の慈悲と称すべきであって、われわれの慈悲はこれである。
 (『戸田城聖全集』第3巻)