| 1983年3月13日 関西創価小学校を訪問 26年3月4日 |
1983年3月13日、関西創価小学校を訪問した際のエピソードを振り返る。![]() 児童たちが下校した後の教室で、黒板の“絵手紙”に応え、温かな返事を書く池田先生(1983年3月13日、関西創価小学校で) 「王者の山」を一緒に登ろう! 早春の希望の光が、大阪・枚方市の関西創価小学校を包んでいた。1983年3月13日、創立者・池田先生が同校を訪問。1年間の学校生活を頑張った児童たちがお互いをたたえ合う第1回児童ドリーム・フェスティバルに出席した。 会場では、楽器演奏やコントなどが披露され、児童たちの歓声が響いた。池田先生は児童たちの演技に拍手を送り、温かい励ましの言葉をかけ、こう呼びかけた。 「皆さん方の元気に成長された姿を拝見し、大変にうれしい」 「関西創価小学校の皆さんは、一人も残らず立派に育ってもらいたいということが、私の願いであります」 この行事に先立ち、3年3組の教室では、ある準備が進められた。担任の教師が、「この1年、学校で楽しく学んだ証しに、池田先生へのお礼を黒板に書きませんか」と提案したことがきっかけだった。教室は沸き立ち、2人の女子児童がチョークを手に、黒板の左上に丁寧な字でつづった。 「池田先生ありがとうございます。三年三組はこの一年元気にがんばりました」 その隣には、絵が得意な男子児童が、昼休みに皆で夢中になったドッジボールの様子を描いた。汗を流し、笑い合った、元気なクラスの姿が黒板に表現されていた。 フェスティバルが終了し、児童たちが下校した後、池田先生は校舎を視察した。3年3組の教室に入ると、正面の黒板に描かれた“絵手紙”がすぐに目に入った。先生は児童たちの真心をくみ取り、「さあ、私も返事を書こう」と、チョークを手に取った。 先生は児童が書いた文字の下に、「ありがとう。また、十一月にたのしくあいましょう。いけだ」とつづった。 そして、赤、青、白のチョークを使い、富士と月、裾野に広がる満開の桜と松を描いていく。海原に2艘の帆かけ船、さらにハチマキを巻いたタコの絵も添えた。その傍らに、言葉を記した。 「しっかりね。ではお元気で!」 翌朝、登校してきた児童たちは次々と驚きの歓声を上げた。“絵手紙”は3年3組だけではなく、創立者と全児童の心を結んだ。“池田先生はいつも私たちを見守ってくれている”という感謝、“創立者に次に会う時までに、もっと成長しよう”という誓いともなった。 半年後の9月21日、池田先生は約束の11月よりも2カ月早く同校を訪れ、第2回児童ドリーム・フェスティバルに出席した。“先生は私たちとの約束を守ってくれた”――創立者の誠実な振る舞いは、児童たちの胸に深く刻まれた。 池田先生は後に、当時を振り返り、児童たちの健闘をたたえ、“いつか一緒に「王者の山」を登りゆこう”との願いを託して、大きな富士の絵を描いたとの心情をつづっている。 あの時、先生が「しっかりね」と黒板に記し、励ました“若芽”は今、“大樹”へと育った。43年がたつ今も、創立者の心は教職員・児童たちの心を温め続けている。 |