1956年5月 同志のために書を揮毫
25年7月10日
 
「常勝」とは「今を勝つ」こと
 写真と共に先生と我らの共戦の足跡を紹介する連載「池田大作先生アルバム Photoストーリー」。今回は、1956年の「大阪の戦い」における先生の激闘を振り返る。

「大阪の戦い」の折、池田先生が旧関西本部で力強く「勇戦」と大書。同志を励ました(1956年5月)

 「嵐の中に一万一千」――1956年6月3日付の本紙に躍った見出し。前月、大阪支部は1カ月で「1万1111世帯」の弘教という不滅の金字塔を打ち立てた。
 記事では、関西の躍進の要因について、池田先生を中心とした「団結」とともに、同志の一人一人が、「大阪の戦い」の意義を胸に刻んでいる点を挙げている。さもなくば、疲れているにもかかわらず、あれだけの闘争ができるはずがない――関西の驚異的な勢いを、本紙はそう報じた。
 「大阪の戦い」を経験した友が共通して口にするのは、「とにかく楽しかった」ということである。
 その生命の底から湧き上がる「歓喜」の源泉こそ、池田先生の激闘だった。早朝から夜遅くまで、大阪を駆け巡り、友の励ましに力を注いだ。移動の途中、「あのお宅は学会員です」と聞けば、“せめて1分でも”と足を運んだ。
 「全身に汗は流れ、声は嗄れ、足は棒のようになった」と先生は述懐する。時間がなく、言葉を交わすことができない友には手を振り、目であいさつしながら、心で題目を送った。訪問して留守だった友には、必ず感謝を家人に伝えた。東京と大阪を移動する列車の中では、激励の文をしたためた。
 一人と会い、語る。この「一人」を大切にする行動から、「必ずや、計算以上の人間の魂の、不可能を可能にしゆく炎が燃え移っていく」ことを、先生は確信していた。
 皆が喜んでくれるなら、と書もしたためた。「大勝」「勇戦」――勝利の決意ほとばしる力強い文字は、友の“戦う心”を鼓舞した。
 先生が「大阪の戦い」の中で、幾度も拝した御書の一節がある。「魔および魔民有りといえども、皆仏法を護らん」(新1713・全1242)との法華経の文である。信心が強くあれば、いかなる相手でも広宣流布のために働く存在に変わっていく、との意味だ。関西の同志は「断じて勝つ」との誓願の祈りと、知恵の対話で、味方を広げていった。
 「大阪の戦い」の最終盤、先生は御本尊への祈念に、「いかなる人であれ、このたびの戦列に加わって、味方となること」を新たに加えた。関西各地で気迫と執念の対話拡大が展開されていった。
 最終日、先生が勝利を確信する瞬間があった。早朝、リーダーが同志のもとに駆けていく姿を見た時である。最後の最後まで、緊張感を持続していることを感じたからである。
 先生は「『常勝』とは、断固として『今を勝つ』ことだ。『今日を勝つ』ことだ」とつづった。
 師を思えば、心が熱くなる。勇気が湧く。「負けじ魂」が燃え上がる。師への感謝と報恩こそ、我らの広布前進の電源である。