① 1995年1月30日 第19回SGI総会
25年1月5日
 
広布の歴史は、池田大作先生と同志の絆によって織り成された民衆勝利の大絵巻である。新連載「池田大作先生アルバム Photoストーリー」は、写真と共に先生と我らの共戦の足跡を紹介する。

友を温かく包んだ真心の演奏

29カ国・地域の代表が集ったSGI総会で、池田先生は「わが愛するハワイの楽土に、永遠に平和あれ! 安穏あれ! 栄光あれ!」と呼びかけた。スピーチを終えた後、同志に真心を込めてピアノを演奏した(1995年1月30日、ハワイ文化会館で)

池田先生は壇上から降りると、ピアノへ向かって歩き出した。沸き起こった場内の歓声は、すぐに静寂に変わる。
1995年1月30日、暖かな陽光に包まれたハワイ文化会館。SGI発足20周年を記念する第19回SGI総会で、先生は鍵盤に指を走らせた。
ハワイは、太平洋戦争で最初に攻撃され、多くの生命が失われた歴史がある。そのハワイに、先生は世界広布の第一歩をしるした。
ハワイの同志は、誉れの原点を胸に、先生と共に広布に駆けてきた。総会の席上、先生は尊き友をたたえつつ、関西の同志への深き信頼を語った。
「“常勝”の関西魂を燃やした、わが偉大なる同志が輝いておられるかぎり、そこには無限の希望があると、私は申し上げたい」

ハワイ大学の「スパーク・マツナガ平和研究所」と学術機関「東西センター」の招へいを受け、同年1月21日、先生はハワイへ旅立つ予定だった。
だが17日、阪神・淡路大震災が発生。先生はスケジュールを変更し、関西の友の激励に全精魂を尽くした。
そして25日の深夜、ハワイへ出発する。翌26日、東西センターで講演。27日に行われたアメリカ最高会議で、救援活動に奔走する関西の友に思いを馳せて語った。
「人の面倒をみた人、友を励まし続けた人。その人には、だれもかなわない。その人こそ、このハワイの荘厳なる夕日のごとく、最極の人生を飾りゆく人である」
28日、世界青年平和文化祭が行われた。創価合唱団の合唱の後、関西吹奏楽団の演奏が始まった。1曲目は「南太平洋メドレー」。2曲目は、関西の歌「常勝の空」だった。
文化祭には、関西の交流団のメンバーも参加していた。「常勝の空」の演奏が始まると、関西吹奏楽団と交流団のメンバーは、池田先生の方を向いた。先生は白い帽子を何度も力強く回した。“関西の友よ、負けるな!”とエールを送るように――。

30日のSGI総会の最後、「私の真心として」と始まった先生のピアノ演奏は、「荒城の月」「熱原の三烈士」、そして兵庫ゆかりの“大楠公”へと続いた。時に優しく、時に力強い旋律が場内に響いた。目を閉じて聴く友、歌詞を口ずさむ友もいた。何人ものメンバーが涙を拭った。先生の真心の演奏は、ハワイの友をはじめ、参加者の心を温かく包んだ。
全ての行程を終え、2月1日、先生はホノルル国際空港を出発。飛行機が到着したのは、関西国際空港だった。ハワイの友と魂の絆を結んでから時を置かずして、関西での激励行が開始された。
先生の励ましの光は、30星霜を刻む今も、友の胸中に輝いている。