| 〈アメリカ創価大学 ルポ〉 発展を支える人たち 25年9月12日 |
| 普段の生活の中で、多くの人は、建物の土台や車のエンジンを目にすることがありません。 池田大作先生は、このことを例に挙げ、「ものごとを支えている、本当に大切な力は、いつも陰に隠れているものなんだよ」とつづっています。 陰ながら、アメリカ創価大学(SUA)の発展を支える方々に思いを伺いました。(取材=中谷光昭) ■渡米前に届いた一通のメッセージ SUAの卒業式(5月)の取材で渡米する直前、記者のもとに一通のメッセージが届きました。 ![]() 送り主は井上京子さん。大阪府高槻市に住む御年80歳の女性です。 メッセージには、井上さんもSUAの卒業式に招かれ、出席すると記されていました。 記者が井上さんと知り合ったのは、13年前のことです。 取材でSUAを訪れた際に出会って以来、折に触れ、連絡を取り合ってきました。 井上さんは、SUAの発展を願い、開学前の2000年ごろから、大学への寄付を続けています。 井上さんは「少しでもSUAのためになれたらと思って、ぜいたくをせず、コツコツ節約を重ねてきました」と。自宅は築42年。「トイレも古いし、部屋も狭いし、ところどころガタがきています」と笑う井上さん。それでもリフォームはせず、安全を保つための修復にとどめてきたそうです。 なぜ、自身の生活費を切り詰めてまで、SUAへの寄付を続けるのでしょうか――井上さんは語っていました。 「家や物にどんなにお金を使ったって、いつかは朽ちてしまうでしょう。大切なお金だからこそ、同じ使うなら、私は未来のために、社会のために役立てたい。池田先生が『平和のバトン』を託されたSUAの学生さんたちの力になれたら、これ以上の喜びはないと思ったんです」 井上さんは、1998年に夫・幸夫さんを病で亡くし、2006年に一人息子の幸司さんを交通事故で失いました。 最愛の家族に先立たれても、井上さんが絶望しなかったのは、師の言葉が心を温めてくれたからです。毎朝、聖教新聞を開いては、むさぼるように師の言葉を求め、その一言一句を命に刻みました。 「将来を託す青年部や未来部は、わが子と思い、わが家族と思って」との先生の言葉に触れて、井上さんは不動の誓いを立てます。 「これからは、SUAの学生の皆さんをはじめ、後継の若い人たちを、“わが子”“わが孫”と思って、応援していきます」 井上さんが、夫・幸夫さんをしのぶユーカリの木と共に(同)。「SUAのためにと思うと力がみなぎる」と語る井上さん。5年前には、未破裂脳動脈瘤の手術を勝ち越え、後遺症もなく、生き生きと誓いを果たしている ■キャンパスで巡り合いたい SUAの発展に尽くすことを生きがいとし、自身の使命と定めた井上さん。 その真心を知ったSUAのある学生は「井上さんが全てを懸けて、僕たちを支え、将来を託してくれた。だから『どんなに苦しくても絶対に負けるわけにはいかない』と、自分自身を鼓舞することができます」と。 井上さんのもとには、学生から続々と「感謝の手紙」が寄せられ、SNSで近況を教えてくれたり、井上さんの自宅に遊びに来てくれたりする卒業生も。「私は、本当に幸せです。先生のおかげで、SUAと縁することができ、たくさんの“家族”に囲まれていますから」。井上さんは、そう語っていました。 キャンパスには、井上さん夫妻の貢献をたたえ、夫・幸夫さんをしのぶユーカリの木が植樹されています。SUAを訪れるたび、井上さんはその木を抱き締め、幸夫さんとの絆を確かめます。 「私は、生まれ変わったら『100期生』としてSUAに入学するって決めて祈っているんです。それで、この美しいSUAのキャンパスで、夫とまた巡り合いたい」 ■多くの寄付者が向学の夢を後押し 井上さんと幸夫さんは、経済的な事情で、中学を卒業してすぐ働き始めなければなりませんでした。 「できることなら、高校に行きたかった」――井上さん夫妻が味わった悔しさは決して、昔話ではありません。世界では今も経済的な理由で学問の道を断念せざるを得ない若者が大勢います。 SUAには、井上さんのような寄付者が世界中にいるからこそ、奨学金制度が充実し、各国から向学心旺盛な学生が集まります。 取材の中でも「SUAがなければ、“大学で学びたい”という夢を諦めるしかありませんでした」と、寄付者への感謝を語る学生が多くいました。 SUAのキャンパスには、至る所に、寄付者の名前が刻まれた銘板などが設置されています。 かつて、池田先生はSUAの卒業式のメッセージで、こう語りました。 「陰で支えてくれている方々の苦労への深き感謝がある限り、進むべき道も、価値基準も明確になり、自らの人間としての成長も、前進も決して止まりません。この究極の人間学に、SUAの誇る教育理念があります」 今回、取材のサポートをしてくれた、SUAの卒業生が2人います。コウイチ・オオノギさん(14期)と、ナオミ・オオツカさん(18期)。2人とも「母校のためなら」と予定を調整し、惜しみなく協力してくれました。 オオノギさんは2018年にSUAを卒業。シカゴ大学の修士課程(計算社会科学)を経て、現在はテキサス大学オースティン校の博士課程に在学中です。 オオノギさんは先月、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など、世界から優秀な博士課程の学生30人が選抜されて行われるスタンフォード大学の学術会議に出席しました。 オオツカさんは、22年にSUAを卒業。俳優・劇作家を目指し、一昨年には、東京芸術劇場での舞台出演を実現。現在は、ハリウッドの名門校に通い、演技への情熱、個性や芸術的探究心が評価され、優秀な学生に贈られる奨学金を2度受けました。 文化交流活動にも力を入れ、11月にはドバイで行われる国際会議で研究発表をする予定です。 かつて池田先生は、「真の優等生とは、『母校を愛し続ける人』である」と語りましたが、オオノギさんやオオツカさんのように、世界各国で活躍するSUAの卒業生たちは、母校愛を燃やし、大学の発展を陰ながら支えています。 開学以来、寮を守り続ける、リサ・ダイサーさん。「SUAの学生が世界に出て、慈悲の心をもって社会に貢献する。その一助になれることが喜び」と ■「創立者として」 2つの提案 キャンパスの中でSUAを支える方々の話を伺おうと、オオノギさん、オオツカさんと共に、構内を回りました。 最初に向かったのは寮。運営責任者のリサ・ダイサーさんが笑顔で迎えてくれました。 開学当初から寮のスタッフを務めてきたダイサーさん。「創立者の言葉で心に刻んでいることはありますか」と聞くと、目に涙を浮かべながらこう語っていました。 「創立者が学生を『宝』と語り、大切にされたこと。私たちスタッフを信じ、その宝を託してくださったことです。SUAにいると、創立者がまるで隣にいらっしゃるのではないかと思うほど、温かな思いや信頼を感じます。それくらい、励ましを送ってくださいました」 サイモン・ゴメスさん。最もうれしい瞬間は、「卒業生がキャンパスに戻って来てくれた時」と SUAが開学する前、設立準備委員会に出席した池田先生は「創立者として、二つだけお願いしたい」と語り、その第一に「寮の環境を、学生にとって素晴らしいものに」と提案しました。 安全かつ快適な環境で学業に専念できるよう、SUAの寮は、各部屋にバスルームが備えられたほか、心身共の健康を支えるウェルネスルームも設けられるなど、アメリカの大学の中でもまれなほど、「学生第一」の優れた環境が整っています。 さらに寮には、RA(レジテント・アシスタント)と呼ばれる学生や教職員がいて、緊急時の対応や安全確保のための夜間巡回などを担っています。 RAに志願し、2年間務めた学生は語っていました。「寮で停電が起きた時、深夜にもかかわらず、スタッフの方が駆けつけてくださいました。自分が“人のために”と動くと、普段は気付けなかった陰の支えに気付き、感謝できるようになりました」 SUAは全寮制のため、学生が一日中、キャンパスの中で生活しています。学生の安全を守るため、電気や空調などのメンテナンスを担うスタッフや、警備で構内を巡回しているスタッフの方々がいます。 施設・設備管理の統括責任者を務める、サイモン・ゴメスさんと、警備スタッフの責任者である、ドン・ホッジソンさんに話を伺いました。 お二人とも、仕事を進める真剣な面持ちとは対照的に、ひとたび学生と向き合うと、柔和な笑みをたたえ、時にジョークを交えながら、親子のように心を通わせます。 お二人が称賛していたのは、SUAの学生の人柄。構内ですれ違うと、感謝の言葉をかけられることが多く、「SUAで働けることに、やりがいと喜びを感じる」と言います。 大学構内を警備で巡回するドン・ホッジソンさん㊨。「できるだけ学生と接し、信頼関係を築くことを大切にしています」。創立者の指針を胸に、学生の安全を守る ■学生たちのため 改良し続ける 先の設立準備委員会で創立者が提案した第二は「栄養バランスも良く、健康的で、食べるのが楽しみになるような食堂に」というものでした。 学生が経済的な理由で食べ控えをすることがないよう、十分な栄養が取れるように、SUAのカフェテリアでは、野菜はビュッフェ形式の食べ放題になっています。 アルバロ・ルイスさんは、カフェテリアのシェフとして9年間勤務。現在はゼネラルマネジャーを務めています。 コロナ禍を経て、学生が安心して食事を楽しめるよう、メニューを増やし、フードステーションの間隔も広げ、リニューアルしました。今でも十分、魅力的なカフェテリアですが、ルイスさんは「満足していない」と言います。 「SUAは国際性豊かな大学ですから、もっと多様な食文化を取り入れたい。学生たちのために、改良を重ね続けていきます」。学生の要望に耳を傾けながら、「創立者が学生に注いだ慈愛を体現できるように」と、強い決意を語っていました。 SUAを「私のセカンドホーム(第二の家)」と語るアルバロ・ルイスさん。「創立者が示された『世界市民』を目指すSUAの学生たちからは、豊かな生命力と思いやりを感じる」と また、SUAでは、シャトルバスが30分おきに運行され、大学を出発して、タウンセンターやスーパーマーケットなどを回ってくれます。 ドライバーを務めるのは、ダーリーン・プレスコットさん。卒業生から送られる手紙には、いつも「時間を守る大切さを教わりました」と感謝の言葉がつづられると言います。 「13年間の運行で、遅れたのは、事故で道路がふさがれてしまった一度だけ」。学業に影響を及ぼさないよう、時間厳守を心がけてきました。 プレスコットさんは、「時に母のように、時にカウンセラーのように、学生と関わりたい」と、悩み相談に乗ることも。食料や生活必需品に困る学生が出ないようにと、バスの中にジャムや歯磨き粉を置き、「遠慮なく持っていって」と声をかけています。 バスドライバーのダーリーン・プレスコットさん。「私のパートナーも、SUAの学生が大好きで、育てた観葉植物を贈っています」 SUAのキャンパスには、数え切れないほど多くの人の真心が息づいています。 混沌とする世相にあって、平和な世界と持続可能な未来を創出するためには、「世界市民の育成」に注力するしかない。創立者を中心に、世界中の人々が託した期待や願いが、SUAを支えています。 “成長を信じ、待ってくれている人がいる。だから絶対に負けられない”。向学心を燃やす現役生を、使命の道を歩む卒業生を、創立者の心が温かく包んでいます。 |