| 2003年(平成15年) 「栄光・大勝の年」 26年2月13日 |
| 勝利の太陽が待っている 池田先生の第3代会長就任60周年を記念して発刊された年譜『栄光の共戦譜』には、黄金の“師弟の足跡”がとどめられている。本連載では、年譜を1年ごとに追いながら、現在の広布の活動に通じる“学会の原点”を確認していく。第47回は、「栄光・大勝の年」と銘打たれた2003年(平成15年)を掲載する。 3・10 第1回「特別文化講座」 「若きゲーテたる皆さん、こんにちは!」。2003年3月10日、創価大学本部棟の教室に池田先生の声が響いた。文豪ゲーテの生涯と精神をめぐる第1回「特別文化講座」。創立者のまなざしが、声が、慈父のごとく、学生を包んだ。 「難解な、大学での講演という形でなく、一緒にヤキイモを食べながら、せんべいを食べながら語り合うような、ゆったりとした気持ちで聞いていただきたい。皆がほっとして、『ああ楽しかった』『ああ疲れがとれた』と満足していただけるような講義になればと願っています」 池田先生が恩師・戸田先生と出会った青春時代、座右の一書とした文豪がゲーテである。講義はまずゲーテの家族について言及し、学生時代の話へ。思想家ヘルダーとの出会いを通し、良き人との縁の大切さを先生は語った。 「偉大な人間と出会う。同志と出会う。生涯の師と出会う――出会えない人間は不幸です。つまらない人間との出会い、悪に堕落していくような出会いではなく、高い理想に向かって、人間が人間として勝利しゆく真実の出会いこそ、最高の人生の道なのです」 さらに、民衆の幸福を願っての政治活動、作家・詩人として人類史に輝く作品を残した創造の人生に論及。戸田先生との思い出を振り返りつつ、若き英才たちの勝利を願い、言葉に力を込めた。 「人生は戦いです。戦って戦い抜いて、どんな不幸も乗り越えていっていただきたい。苦労があってもなくても、何ものにも左右されない絶対の『幸福』をつかむのです。私は、それを訴えたいのです」「最後の最後まで戦い抜き、太陽のごとく赤々と輝き続けた崇高な人生であった。それがゲーテであった。皆さんも、そうあっていただきたい」 3・24 中国文化大学から名誉哲学博士号 2003年3月24日、台湾屈指の名門・中国文化大学から、池田先生に「名誉哲学博士号」、香峯子夫人に「名誉法学博士号」がそれぞれ贈られた。創価大学で行われた学位授与式。先生への授与の辞で、張鏡湖理事長(当時)は語った。 「池田先生は、『人類の心と心の触れ合いによる文化の交流には、国境も民族の壁もない。平和を基調とした民衆の心から出発することが大事だ』と述べられております。私たちは、その偉大な精神を尊敬いたします」 先生は謝辞の中で、孫文が日本で残した“覇道ではなくして、王道を基礎となして、不正に対する排撃の叫びをあげよ!”との言葉に言及。牧口先生、戸田先生も正義を師子吼したと語り、続けた。 「その恐れなき勇気は、今、新世紀の創価の青年たちの生命に脈打っていると、私は確信しています。政治をはじめ、時代の腐敗を正していく力は、ひとえに、青年、なかんずく学生による活発な正義の言論にかかっている――この言論戦もまた、貴大学の創立者が、若き世代に託された、使命の松明でした」 同日、先生と張理事長一行は懇談。理事長は、父であり創立者である張其昀博士の思い出を語った。 「父は、よく言っていました。『人生最大の喜びは、梅の花の下で、易経を読むことだ』と。もし父と池田先生が出会っていたら、父は、きっと、こう言い換えたでしょう。『人生最大の喜びは、桜の下で、池田先生の書物を読むことだ』と」 10年、両者は対談集『教育と文化の王道』を発刊した。また、中国文化大学「池田大作研究センター」では、“池田思想”を後世に語り継ぎ、深めていくため、「池田大作平和思想研究国際フォーラム」などを開催している。 ![]() 「第九の怒濤」を鑑賞する池田先生ご夫妻(2003年10月31日、東京富士美術館で) 10・31 「第九の怒濤展」を鑑賞 東京富士美術館の開館20周年を記念する「第九の怒濤展」が2003年10月31日に開幕した。荒れ狂う怒濤、運命に挑む一念、仲間を救う人間愛、勝利の旭日――それらが縦2メートル、横3メートルを超す大画面に描かれたのが「第九の怒濤」である。 世界を代表する海洋画家アイヴァゾフスキーの32歳の時の作品。人間性と生命力への賛歌を全面に表現した傑作を、文豪ドストエフスキーも絶賛した。作品を鑑賞した池田先生は、長編詩「『第九の怒濤』を観て」を詠んだ。 「古来 船乗りの間には 嵐の波に周期があり 九番目に押し寄せる大波こそ 最も恐ろしいとする 言い伝えもあった。 けれども だからこそ この最大の試練を 耐え抜き 乗り切ったならば 大いなる活路が 決然として 開かれゆくのだ。 そして まさに今が 奮迅の力を振り絞って 怒濤を乗り越えてゆく その瞬間なのだ」 「眺め終わって 妻は 私の顔を静かに見た。 『あなたの人生と 同じですね』」 「『荒れ狂う 怒濤に向かいて 弛まぬは 日の本 救う 若人なりけり』 十九歳のときの わが詩である。 誰人たりとも 人間は! 人間は必ず! その人間の勇気には 希望と平和の朝が 待っているのだ! 君よ 再び決心して 立ち上がれ! そこには必ず 光の合図の 勝利の太陽が 待っているからだ!」 ◆年表◆ 2003年 【2003年(平成15年) 栄光・大勝の年】 〈1月28日〉 東洋哲学研究所を訪問(東京) 〈2月3日〉 小学校の部が新設されたブラジル創価学園の入学式にメッセージを贈る 〈2月16日〉 アメリカ実践哲学協会会長のルー・マリノフ博士から同協会の「人間哲学貢献賞」が贈られる(東京)。博士とは後に対談集『哲学ルネサンスの対話』を発刊 〈3月10日〉 創価大学の第1回特別文化講座で「人間ゲーテを語る」と題し、約1時間半にわたり講義。「“精神の王者”を目指した偉人のごとく、徹して学び抜け」と語る 〈3月24日〉 台湾の中国文化大学から名誉哲学博士号を受ける(創価大学)〈後に同大に「池田大作研究センター」が設立され、台湾における池田思想研究の中心となる〉 〈8月30日〉 東京富士美術館で「ロバート・キャパとその志を継ぐ22名の国際写真家による写真展『戦争と子供たち――そして9・11』」を鑑賞 〈10月5日〉 北文化会館を視察(東京) 〈10月24日〉 中国の上海交通大学から名誉教授称号を受ける(東京) 〈10月29日〉 創価大学の創価教育研究センター、本部棟事務局を訪問 〈10月31日〉 東京富士美術館で「第九の怒濤展」を鑑賞。11月7日付の聖教新聞に詩「『第九の怒濤』を観て」を発表 〈11月18日〉 創価学会創立記念日にあたり、神奈川文化会館で代表と勤行 〈12月4日〉 ベネズエラ・ボリバル共和国から「功労勲章勲一等」を受章(東京) 〈12月11日〉 第2総東京の代表協議会。戸田先生が示された学会の「永遠の3指針」に新たに2項目を加え、「学会永遠の5指針」として「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」を発表(東京) 〈社会の動き〉 重症急性呼吸器症候群(SARS)が大流行 |