1997年(平成9年)
新世紀へ前進の年
25年7月23日
人間主義の獅子として立とう
 池田先生の第3代会長就任60周年を記念して発刊された年譜『栄光の共戦譜』には、黄金の“師弟の足跡”がとどめられている。本連載では、年譜を1年ごとに追いながら、現在の広布の活動に通じる“学会の原点”を確認していく。第41回は、「新世紀へ前進の年」と銘打たれた1997年(平成9年)を掲載する。

池田先生が世界的な画家・方召麐氏と会見(1997年2月17日、香港で)

2・12~22 香港訪問
 「方先生の波乱万丈の人生。それは全世界のお母さん方の模範です。世界一の『母としての勝利』の象徴です。深く、偉大なる先生の歴史を学ばせていただきたいのです」
 1997年2月17日、香港を訪れていた池田先生は、著名な画家の方召麐氏に呼びかけた。先生は前年、氏に「偉大なる大地の母」と題する詩を贈った。氏は一家で、その詩を読んだという。
 方氏は幼少期に中国の動乱を経験。第2次世界大戦の後、夫を亡くす。母として8人の子を育てつつ、自身も芸術と学問の道に精進した。51年には、東京で共同展覧会を開催。中国人画家として、戦後初の日本での展覧会だった。
 語らいでは、先生が氏の歩みについて質問を。氏は、どんな苦労話も天真爛漫に話した。氏が年頭に「再攀高峯」(再び高き峯に攀らん)としたためた書も話題になった。
 池田先生は「人生の幾多の峰々を登りきわめてこられた先生が、『更に高き峯』を登ろうとしておられる。感動しました。これ自体が、全人類に対する偉大な教訓であると思います」と語った。
 21日には、SGIの100カ国による世界青年平和文化祭が行われた。人間主義のメッセージを広げる祭典に、大勢の来賓が喝采を送り、青年たちは新たな決意に立った。
 先生は、香港の友に長編詩「『栄光の都市』香港の旭日」を詠み贈った。
 「さあ 出発だ!/帆を上げよう/新しき航海には不安もあろう/しかし/恐れるものなど何もない」
 「さあ!/使命の友よ 敬愛する仏子たちよ/人類の凱歌の世紀を開くために/今こそ/『人間主義』の獅子として立とう!」
世界青年平和音楽祭に来賓と共に出席(1997年9月14日、パシフィコ横浜で)   
9・14 世界青年平和音楽祭
 「ある国が原子爆弾を用いて世界を征服しようとも、その民族、それを使用したものは悪魔であり、魔ものであるという思想を全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命である」
 この戸田先生の「原水爆禁止宣言」が発表されてから40周年を迎えた1997年の9月14日。青年への“遺訓の第一”が示された横浜で、世界青年平和音楽祭が行われた。
 神奈川青年部は、祭典を目指し、平和の願いをカードに書いてもらう「ピース・メッセージ運動」を推進。真心の対話を重ねたカードは11万を超え、核兵器廃絶の“青年の連帯”を拡大した。
 音楽祭に出席した池田先生は「満点の名演ありがとう!」と、出演者や祭典を陰で支える友の奮闘をたたえた。演目の終了後、先生に対し、核時代平和財団のクリーガー所長から、「平和の大使」賞と「顕彰状」が授与された。「『平和の大使』として戦い続けます」と先生は平和への思いを述べた。
 祭典には多くの識者が出席。ある来賓はこう語った。
 「今後も、創価学会の青年の皆さんが、戦争のない平和な世界を目指しての不断の闘争を続けていかれることを期待しております」
 翌日、先生は神奈川文化会館での神奈川・海外代表者協議会に出席。音楽祭の大成功を祝福し、言葉を贈った。「音楽祭/平和と文化の/ひびき/天までも」
 さらに、学会の使命を語った。
 「庶民は強い。凶暴な国家悪をものともせずに、大聖人をお守りしたのも庶民であった。わが学会は、この庶民の『強さ』と『強さ』の連帯によって、二十一世紀への激流を、断固として勝ち進んでゆく」
インド訪問の最終日、見送る友に感謝の言葉を(1997年10月24日)
10・16~24 インド訪問
 池田先生を乗せた飛行機が、インド・ニューデリーのインディラ・ガンジー国際空港に降り立った。1997年10月16日、先生は5年ぶりにインドを訪問。同国の要人らが盛大に歓迎した。
 この年の8月15日、同国は独立50周年を迎えていた。10月18日、その節目を慶祝する「日印友好文化祭」が「讃えよ 人間を」とのテーマのもと、ニューデリーで開会した。独立100周年へ、「新しき50年の出発」を飾る式典となった。
 先生はインドの友に励ましを送りながら、指導者との語らいも重ねた。20日、グジュラール首相と首相官邸で会見。終了後、インドやネパール、スリランカの友が集う会場へ。喜びに沸く友に、首相と会見したことを伝え、こう語った。
 「信心は一生です。水の流れるように、たゆまず、仲良く前進してください。生活のうえでも、全員が勝利してください。それが私の願いです。お体を大切に。職場を大切に。家庭を大切に」
 21日、ラジブ・ガンジー財団本部で「『ニュー・ヒューマニズム』の世紀へ」と題して講演。22日、ナラヤナン大統領と会見を行った。
 翌23日、インドの国家的文化機関であるアジア協会から、第1号となる「タゴール平和賞」を受賞した。
 授与式の席上、先生はタゴールの生涯が呼びかけるメッセージについて、①まず自分が動き、人間との出会いを結べ!②人間性(ヒューマニティー)の声を勇敢に高めよ!③青年の心に平和の種を蒔きゆけ!――と指摘した。
 同協会のデー事務総長は語った。
 「私は人類に向かって『(インドの思想家)オーロビンド・ゴーシュに続け』『ガンジーに続け』『タゴールに続け』、そして『池田博士に続け』と訴えたい」
◆年表◆
1997年
【1997年(平成9年) 新世紀へ前進の年】
  
 〈2月12日〉
 香港訪問(~22日)
香港の画家・方召麐氏と会談(2月17日)〈その後、両者は書、画、詩、写真を通した交友を続け、書画・写真集『澄心天籟』(方氏の絵と書、池田先生の詩と写真)を発刊〉。SGI100カ国のメンバーらによる第16回世界青年平和文化祭(21日)
  
 〈3月8日〉
 ヨーロッパ科学芸術アカデミーの「名誉評議員」の称号を受ける(代理 オーストリア)。同アカデミー会長で心臓外科医のフェリックス・ウンガー博士とは7月11日に会談(東京)。後に対談集『人間主義の旗を―寛容・慈悲・対話』を発刊
  
 〈4月5日〉
 東京富士美術館で「キューバ国立美術館名作展」を鑑賞
  
 〈5月5日〉
 スリランカのケラニヤ大学から名誉文学博士号を受ける(創価大学)
  
 〈5月10日〉
 中国訪問(第10次。~15日)
上海大学から名誉教授称号を受ける(12日)
  
 〈9月14日〉
 「原水爆禁止宣言」40周年を記念する世界青年平和音楽祭(神奈川)
  
 〈9月22日〉
 民音文化センターを初訪問(東京)
  
 〈10月16日〉
 インド訪問(~24日)
インド独立50周年を記念する日印友好文化祭(18日)。インデール・クマール・グジュラール首相と首相官邸で会見。第1回南アジア代表者会議(20日)。ラジブ・ガンジー現代問題研究所の招へいにより「『ニュー・ヒューマニズム』の世紀へ」と題し記念講演(21日)。コチェリル・ラーマン・ナラヤナン大統領と大統領府で会見(22日)。インドの国家的文化機関・アジア協会から「1997年タゴール平和賞」を受賞(23日)
  
 〈10月29日〉
 創価学園創立30周年祝賀式典(東京)
  
 〈10月31日〉
 東京富士美術館で「オーストリア王宮・銀器博物館の至宝」展を鑑賞
  
 〈11月1日〉
 韓国・慶熙大学の創立者・趙永植博士と会談(創価大学)
  
 〈11月8日〉
 モンゴル国立大学から名誉人文学博士号を受ける(創価大学)
  
 〈11月18日〉
 第17回世界青年平和文化祭(大阪)
  
 〈社会の動き〉
 7月、香港がイギリスから中国に返還。12月、オタワで対人地雷全面禁止条約の署名式。地球温暖化防止京都会議で京都議定書が採択