1996年(平成8年)
新世紀・大勝の年
25年6月18日
友好を結ぶ架け橋になろう

荘厳に執り行われた香港大学の名誉文学博士号授与式(1996年3月14日)

3・6~15 香港訪問
 1996年(平成8年)3月14日、アジアを代表する名門校・香港大学から、池田先生に名誉文学博士号が贈られた。大学代表弁士による「推挙の辞」が講堂に朗々と響く。
 「宗教指導者、哲学者、作家、詩人、国際的人道主義者、教育者、世界の文化界での卓越した存在――これらは『真のルネサンス人』であられる池田大作会長の数多くの資質、業績を要約して並べたにすぎません」
 一緒に授与された一人が、現代中国画の巨匠・方召麐氏。この時の出会いをきっかけに交友を結んでいく。また、この日、祝福のために訪れたのが中国語文学を代表する文豪・金庸氏。12日にも、香港市内で先生と2度目となる会談を行った。語らいは「戦争と平和」「言論の自由を守る条件」など、3時間半にわたった。
 3月6日から開始された16回目となる香港での激励行。10日間の滞在で、先生は一人一人と心の絆を結んでいった。宿泊場所から近い公園を歩いていた時、高齢の女性が遠慮がちに声をかけた。
 「失礼ですが池田先生でしょうか」
 「はい、そうです」と答える先生に、女性は「私も学会員です。この近くに住んでおります。今、買い物に来ました。お目にかかれてうれしいです」と。
 女性は満面の笑みを浮かべ、「先生は、お忙しい方です。大切な時間をとらせてすみません」と一礼して、立ち去ろうとした。先生は「私もお会いできて本当にうれしい」と喜んだ。
 先生は宿泊場所に戻ると、写真集に揮毫し、女性のもとに届けた。一回の出会いを大切にする――師の心を、同行の友らは胸に刻んだ。
 この香港訪問の折、小説『新・人間革命』の中国語(繁体字)版第1巻の出版記念祝賀会が行われた。先生は中国語版序文に、こうつづった。
 「仏法では、人間の生命を『宝塔』と見る。一個の人間がどれほど尊い存在か、生命がどれほど偉大な力をもっているか――人間革命とは、この人間の『無限の可能性』の開発の異名といってよい」

池田先生がキューバのカストロ国家評議会議長と和やかに会見(1996年6月25日、ハバナ市の革命宮殿で)

5・30~7・7 北中米への平和旅
 1996年(平成8年)6月8日に行われた、米コロラド州のデンバー大学の卒業式。名誉教育学博士号を受けた池田先生は、卒業生へのスピーチを促された。
 突然のことで、原稿などない。マイクの前に立った先生は、「太陽は燦々と輝いています。月もまた、皆さま方に輝いています。太陽は情熱。月は知性です。ロッキー山脈は厳然たる信念の姿で皆さま方を見守っています」と。
 さらに感謝とお祝いを述べ、「皆さま方の前途に、栄光あれ! 勝利あれ! そして皆さま方が全世界に羽ばたいていかれることを念願して、私のあいさつを終わります」と結んだ。
 デンバー大学の副学長、世界法律家協会会長などの要職を歴任し、先生と対談集を編んだナンダ博士は、「一つの即興詩ともいうべき簡潔なあいさつの中に、求められる文明の真髄、教育の真髄、デンバー大学の真髄、そしてデンバーという地域の真髄が語り尽くされていたことに、心を動かされました」と語った。
 5月30日から開始された1カ月を超える北・中米の平和旅。それは、感動と歓喜で織り成される人間ドラマであった。
 6月13日、先生はニューヨークのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジを訪れ、「世界市民」教育をテーマに講演。翌日は、国連本部で、明石康国連事務次長をはじめ、各国の国連大使らと意見交換を行った。
 アメリカでの諸行事を終えた先生は24日、キューバへ向けて出発した。この日の昼、中継地としてバハマ国の首都ナッソーに到着。先生は現地のメンバーを励まし、記念に一文を贈った。
 「ここにも SGI ありにけり バハマ創価学会 万才」
 5時間のバハマ滞在の後、先生はキューバ行きの飛行機に搭乗した。当時、キューバは激動の渦中にあった。同年2月、キューバ領空に入ったアメリカの民間機をキューバ軍機が撃墜。アメリカは経済封鎖を強化するなど、緊張は頂点に達していた。キューバ訪問を反対する声もあった。だが、先生は「私自身が『架け橋』になろう」との思いで、同国の地に降り立った。
 翌25日、国立ハバナ大学での講演などを終え、フィデル・カストロ国家評議会議長と出会いを結ぶ。議長は、普段の軍服ではなく、スーツ姿で先生を迎えた。「国内の公式行事で軍服をぬいだのは、革命以来、初めて」(当時のロイター電)と報じられるなど、誰もが驚いた。後継者論や政治哲学など、語らいは1時間半に及んだ。
 26日、コスタリカを初訪問。28日には中南米で初開催となった「核兵器――人類への脅威」展の開幕式に出席した。
 同展の壁一つ隣の「子ども博物館」では、子どもたちの声が飛び交っていた。天井の仕切りはなく、音は筒抜け。式典が始まった後も、声が聞こえてきた。来賓や役員は心配そうな表情を浮かべた。先生は、ほほ笑みながらスピーチした。
 「にぎやかな、活気に満ちた、この声こそ、姿こそ、『平和』そのものです。ここにこそ原爆を抑える力があります。希望があります」
 当意即妙のスピーチに、会場は感動と賛同の笑顔が広がった。

1996年6月23日、アメリカのフロリダ自然文化センターで、子どもたちに励ましを送る

年表
◆1996年◆
【1996年(平成8年) 新世紀・大勝の年】
  
 〈1月17日〉
 阪神・淡路大震災追善勤行法要(東京)
  
 〈2月11日〉
 戸田先生の生誕96周年を記念し戸田記念国際平和研究所を創立
  
 〈2月14日〉
 モンゴルの作家、ドジョーギーン・ツェデブ氏と会談(東京)。後に対談集『友情の大草原――モンゴルと日本の語らい』を発刊
  
 〈3月6日〉
 香港訪問(~15日)
香港大学から名誉文学博士号を受ける(14日)
  
 〈5月30日〉
 北・中米訪問(~7月7日。アメリカ、バハマ、キューバ、コスタリカ)
アメリカの国際人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」で「牧口常三郎――人道と正義の生涯」と題し記念講演(6月4日)。デンバー大学から名誉教育学博士号を受ける(8日)。コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで「『世界市民』教育への一考察」と題し記念講演(13日)。国連本部を訪問(14日)
ヘンリー・キッシンジャー元国務長官と会談(17日)。アメリカとキューバが厳しく対立している現状を受け、元国務長官より両国の関係改善を願う真情が託される
ニューヨークのカーネギー・ホールで、国連児童基金(ユニセフ)創設50周年を祝賀する第15回世界青年平和文化祭を国連関係者ら来賓と鑑賞(18日)
中米・カリブ海のバハマ国を訪問(6月24日)
キューバを訪問(6月24日)。首都ハバナ市の「最高賓客」称号、キューバ共和国の「フェリックス・バレラ勲章勲一等」を受章。ハバナ大学から名誉人文学博士号を受け、「新世紀へ 大いなる精神の架橋を」と題し記念講演(25日)
フィデル・カストロ国家評議会議長を革命宮殿に表敬訪問し会見。軍服姿で知られる議長が、スーツにネクタイを締めて歓迎した(同25日)〈池田先生のキューバ訪問以降、日本・キューバの文化・教育交流も活発に。アメリカは、対キューバ制裁を次第に緩和し、2015年に両国は国交を回復〉
コスタリカで中南米初開催の「核兵器――人類への脅威」展の開幕式(6月28日)
  
 〈7月16日〉
 ニュージーランド生まれの平和学者、ケビン・クレメンツ博士と会談(東京)。後に対談集『平和の世紀へ 民衆の挑戦』を発刊
  
 〈8月28日〉
 「青春対話」を「高校新報」で連載開始
  
 〈8月29日〉
 ガーナ大学から名誉法学博士号を受ける(東京)
  
 〈11月17日〉
 中国の中山大学から名誉教授称号を受ける(創価大学)
  
 〈社会の動き〉9月、国連総会で包括的核実験禁止条約(CTBT)が採択