| あす6日は中秋の名月 月光の如く澄み渡る知性を 25年10月5日 |
![]() 太平洋の彼方、薄紅の夕空に十四夜の月が昇った。たなびく三色旗。さながら眼で詠んだ詩のような一葉である。1999年3月、池田大作先生が宮崎研修道場でシャッターを切った。先生は、この時の思いをつづっている。「月天子よ、今宵も、全国の我が友を、見守ってくれたまえ! 日夜、尊き道を歩く友の足もとを、優しく、明るく照らしてほしいのだ」 あす6日は「中秋の名月」。外なる宇宙と、生命という内なる宇宙を貫く妙法に生きる喜びを胸に抱きつつ、この現実社会に幸福を広げゆく誓いを新たにしたい。 池田先生の言葉 あるときは「太陽」のような 満々たる生命力が必要である。 とともに、 あるときは「月光」のように、 清涼で穏やかな“精神の光”と、 円満な“知恵の光”を 持たなくてはならない。 太陽が赫々たる「火」を生むとすれば、 月は清浄なる「水」を生む。 人間も、両面が必要だ。 動と静。情熱と知性。行動力と思索力。 昼は太陽とともに、 情熱をたぎらせ行動の汗を流そう。 夜は優しき月の光を仰いで、 一日の勝利に心を満たし、 明日の前進を夢見よう。 月は、心を映す鏡である。 古来、人々は月に思いを託し、 月と語り、月にわが人生を映して、 心の内を見つめてきたのである。 人は“自分を見つめる”ことを 忘れたとき、 必ず進歩がなくなる。 また、自分を見つめない人は、 人間的な深みも魅力も出てこないし、 最後は枯渇せざるをえない。 いかに、娑婆世界の暗雲による 混乱があったとしても、 妙法という「永遠不滅の法」に 生きぬいていくならば、 必ずや“広々とした大海原に 月光が輝きわたるがごとき大境涯”に 到達していくことを忘れてはならない。 どうか、友が元気なときは、 月光のごとく静かに、 友に元気のないときは、 太陽のごとくあたたかく。 また、あるときはそよ風のごとく、 またあるときは暖流のごとく、 たがいにたたえあい、 励ましあって進んでいただきたい。 |